経営者の経営判断は、リスクが伴います
経営者が行う経営判断は、決断を迫られることの連続です。
経営には、将来の収益の獲得のための投資を伴いますから、その過程には、未来の予測が伴います。2020年から世界を襲った新型コロナ禍や、2022年に突如発生したロシアのウクライナ侵攻などの事態は、誰も予測することができなかったわけですから、その要因を考慮にいれずに、行った代表者の投資判断が、後から考えて、会社に大きな損害を与えてしまうこともあります。
経営の判断の基礎となる情報は、判断時点で収集分析ができた情報を基礎とせざるをえず、後から遡及的に収集分析できた情報で、経営の判断の適否を判断されるならば、経営者は誰も、意思決定ができなきなってしまいます。
株主代表訴訟のリスク
しかし、公開会社は勿論、非公開会社であっても、株主代表訴訟を株主は会社に対して提起することができます。後から考えて、不適切な意思決定を代表者が行った結果、会社に損害を与えたという訴訟を、株主は提起することができます。
では、このような訴訟において、会社の経営者が行った経営判断の適否を、後から遡及的に追求された裁判を起こされた場合、経営者は、勝つことができるのでしょうか?
経営判断原則
この問題を考えるにあたり、取締役の注意義務に関する最高裁判所の判例があります。
最高裁平成22年7月15日第一小法廷判決です。
この事件は、フランチャイズ事業に関する経営者の経営判断に対して、取締役の注意義務違反を問われて提起された株主代表訴訟に対する最高裁判断です。
この事件で、最高裁判所は、次のように判示しました。
「このような・・・事業再編計画の策定は・・・、将来予測にわたる経営上の専門的判断にゆだねられると解される。・・・その過程・内容に著しく不合理な点がない限り、取締役としての善管注意義務に違反するものとは言えない」
この判断を、学者は、アメリカの判例法理である”business judgement rule”を日本の最高裁判所も採用したものとして、「経営判断原則」と呼びます。
”business judgement rule”は、19世紀以来、アメリカで判例法理として生成・発展してきた原則です。
取締役の経営判断によって、会社に損害を齎す結果を発生させたとしても、当該判断が、誠実性・合理性を、ある程度確保する一定の要件のもとに行われた場合には、裁判所が判断の当否に事後的に介入して取締役の責任をとうべきではない、という原則をいいます。
企業経営には、常にリスクが伴います。
リスクを冒すことなしに、企業の成功や成長はありえません。従って、取締役を委縮させないようにするため、裁判所が、その判断に事後的に介入して、その責任を問うことを避けるのが、経営判断原則です。
コンプライアンスと、経営判断原則
今、上場企業では、経営者のコンプライアンス遵守が必須になっています。
コンプライアンスを重視する経営は、今後、益々、重要になってきます。コンプライアンスとは、法令を遵守し、善良なる管理者の注意義務や競業避止義務などの取締役に求められる法的な義務を守りながら、経営を進めることを意味します。
このコンプライアンスの遵守と、経営上のリスクをとり、収益や成長を図ることを避けることと全く別です。
最高裁判所も、経営判断原則で、経営上のリスクをテイクした結果、不可避的に生じる会社の損害を、取締役に賠償させることをしないと判示しているわけです。
取締役や監査役は、経営判断原則をしっかり理解し、企業のリスクテイクをコンプライアンスの大義名分のもとに、萎縮をさせないようにするようにしなければ、企業の成長は、のぞめなくなってしまいます。
以上、ご参考になれば、幸いです。
続く